第4章 所有者の意思決定に対する2つの政策案の限界と教訓

したがって、このような意思決定のあり方の硬直性を踏まえた上で、所有者にどういう形でインセンティブを与えれば、耐震改修を行ってくれるのだろうかという問題を改めて考えていくことが適切だろう。そこで、インセンティブ付与方法を意思決定の介入の度合いに応じて3つに分けた上で、そのうち2つは不適切な政策選択であることを示した上で、第3の道の可能性について論じたい。

まず第1案として、建築基準法第3条を改正して、既存不適格建築物制度を廃止するという最も強硬的な方法がある。要は所有者の意思決定の自由を全く認めず、耐震性の基準が改正されたら直ちに改修工事を行いなさいという考え方である。確かにこの方法は法律の原理上は最も単純に耐震性不十分な建築物の発生を抑止することができるかもしれないが、すでに述べたとおり社会的な混乱は計り知れないものであり、結局改修工事に対応できなくなった違法建築物が随所にあふれ出るという帰結をもたらすだけであって、決して是認できる政策ではない。

そこで次に、第2案として、補助や税制を使ってもう少し緩やかな形で所有者の意思決定に政府が関与するという方法が考えられる。しかし、この方法はすでに実施済みであるものの、利用実績に乏しいことはすでに述べたところである。
「所有者の負担を軽減することで耐震改修を行ってもらおう」という考え方自体は決して悪いものではないのだが、補助制度や税制に特有の問題として、適用要件がどうしても厳格にならざるを得ないために、利用者のニーズにマッチしていないのではないことが問題である。簡単に言えば、軽減される負担の割合が所有者にとってはあまり魅力的ではないのであって、経済学風に言えば、適用要件のレベルが負担の軽減度合いに見合っておらず、社会的に死加重を生むレベルに設定されているからである。

したがって、補助制度や税制が適用されるための耐震性の条件が所有者にとっては厳しすぎるレベルに設定されているために、この制度を無理に利用しようとすると結局所有者はあまり得をした気にならず、「ここまで費用を負担して改修する必要はなかったんじゃないか」という風に感じるから、結局全然人気のない制度になってしまっていると考えられる。

結局、せっかく官僚が毎日徹夜してあれこれ制度設計をしても、全然利用してもらえないので耐震改修も進まず、耐震性の低い建築物がそのまま温存されるので周りに住んでいる人の生活に対する潜在的な危険性はちっとも解消されないという実にバカバカしい結果に陥っているというのが、現行の政府の考え方に対する俺の冷ややかな評価である。これこそいわゆる「政府の失敗」というやつではないだろうか(市場介入の方法を誤ったためにかえって政府が市場の失敗を拡大してしまっているという考え方である)。

このような反省を踏まえると、政府が一律の条件をセットして所有者の意思決定に働きかけるのはあまり誉められた政策ではないということになる。したがって、個々の建築物それぞれに適した耐震性へ移行させていくためには、実際に地震潜在的リスクを負っている周辺地域の建築物所有者の利害意識を掘り起こして、耐震性の低い建築物の所有者の意思決定に働きかけるという方法を取った方がよいのではないか。

つまり、耐震改修を行うかどうかについて、リスクを与えている側とリスクを受けている側の間で自主的に取り決めを交わして措置を実施することの方が耐震改修を推し進める政策として適切ではないかという提案である。