第3章 耐震改修が進まない原因:所有者の意思決定の硬直性

そこで、耐震改修が進まない原因として所有者の意思決定がどういうメカニズムになっているのかを分析してみよう。

そもそもなぜ耐震性が不十分な建築物が発生するのか。それは、建築基準法の既存不適格建築物制度によってその存在が認められていることに原因がある。既存不適格建築物というのは、建築当時には適法だったが、あとで基準が変わったので現行法に照らせばもはや適法とは言えない建築物のことを指す専門用語である。このような建築物は、実は建築基準法上は違法建築物としては扱われておらず、原則として、増改築を行わない限りは、現行基準に適合させる工事をただちに行う必要はないということになっている(建築基準法第3条)。
したがって建築基準法の精神に従えば、古い耐震基準に従って建てられた建築物について耐震改修を行うかどうかはあくまで所有者の気分次第ということになる。
このような制度が認められるのは、ある意味で当然である。というのも、建築基準法は極めて技術的な建築基準の集合体であるため、基準が強化されるたびに日本中の建築物が改修工事を行わなければいけないということになると、大きな社会的混乱が発生するだろうことは容易に想像がつく。
したがって、既存不適格建築物制度には合理性があるものの、いつまでもその建築物を古い基準のままで放置していていいというものでもないため、増改築工事を行う場合には、建築物の全体にわたって現行の全ての基準に適合する義務を所有者に対して課すことで、問題の柔軟な調整を図っている。

しかし、結局耐震改修を行うかどうかは、所有者の意志次第であることに変わりはない。

ところが、現実には、所有者は耐震改修を行うという意思決定はなされにくい傾向にあるようである。平成16年に内閣府が実施した世論調査によると、もしあなたの家が耐震性が低いと分かった場合、どうしますかという問いに対して、耐震改修を行うと答えた者が25%、特に対策を講じるつもりはないと答えた者が25%であった。さらに、後者に、改修までは行わないが家具の転倒防止措置くらは行うと答えた者を加えてみると、全体で半数以上の者が耐震性がないと分かっても改修を行うつもりはないと考えていることが明らかになった。

しかし、なぜこのよう似所有者の意思決定のあり方は硬直化しているのだろうか。その原因として、仮説的ではあるが、概ね次の3点を指摘しておく必要がある。
第一に、改修費用の産出までに診断と補強計画の作成など様々な費用が存在する。
第二に、改修中は使用が制限されるので事業用ビルのオーナーにとっては機会費用が発生すること。
第三に、そもそも地震は起こらないかもしれないから改修しない方がお得かもしれないという意識に傾きやすいこと。
このような条件が存在しているために、所有者の改修を行うインセンティブがなかなか形成されない状況にあることが伺える。