第1章 問題の所在:耐震性の低い建築物がもたらす負の外部性

最初に、耐震性の低い建築物があるとどういう事態が生じるかを阪神大震災のケースをもとに考えてみよう。阪神大震災は、震度7クラスの地震が市街地の中心で発生した都市直下型の地震であったことが大規模な地震災害になった一つの原因であると考えられている。この地震によって死亡した人の9割は建築物等の倒壊による圧迫死であった。そこで、どういう建築物に被害が集中したのかを調べてみると、昭和56年の以前に建築されたものと以後に建築されたものとで被害の受け方に大きな違いが出ていることが実地調査の結果で判明している。

この昭和56年というのは、現在使われている地震等の震動・衝撃に対する建築物の構造上の安全性に関する新しい基準が導入された年であった。この新基準が導入されるまでは、震度6級までの地震であれば建物が倒れても人命に被害は出さないレベルの安全性の確保を目指した構造設計の基準が設定されていた。しかし、当時の東北地震の被害に対する反省をもとに基準の強化が図られ、人命被害が出ない地震の規模の目標を震度7クラスに引き上げる形で構造設計の基準が厳しくなったのである。

結局皮肉なことに、阪神大震災の発生によって、多くの人命との引き換えにこの基準の妥当性が立証されることになったが、この高い代償の支払いによってようやく本格的に建築物の地震に対する安全性についての社会的な問題意識が醸成されてきたと言える。

阪神大震災のケースで示されたように、昭和56年という時点を境として、それ以前に建てられた建築物は古い基準に従って作られている可能性が高いため、地震発生時に倒壊する確率が高くなる。そのため、昭和56年以前の建築物については、早急に耐震改修を行って地震被害を未然に防ぐための措置を講ずる必要性が指摘されるようになった。

特に都市部においては、建築物が密集しているため、このような建築物が周辺地域に与える潜在的な被害は増大するため、周辺地域の住民にとっては、常に見えない損害を受けていることになる。このことから、耐震性の低い建築物は社会に対して負の外部性を発生させていると考えることができるだろう。

そこで、現状として、現時点でこのような危険な建築物が我が国にどのくらい存在しているのかを見てみよう。国土交通省が、総務省統計局が5年ごとに作成している住宅・土地統計調査等と独自の調査を元に推計したところでは、平成15年時点で、住宅では全4700万戸のうちの25%、非住宅(商業ビル等のこと)では全340万棟のうち35%が現行の耐震基準を満たしていない耐震性不十分な建築物であるという結果が出ている。また、住宅については、平成10年時点と比較した場合を元に試算すると、今後耐震性の不十分な建築物が完全に解消されるまでには20年以上かかることが予想されている。

平成16年の新潟中越地震、平成17年の福岡西方沖地震の発生に加え、近い将来に東海地震東南海地震等の発生が予想されている現在の我が国では、いつどこで地震が発生してもおかしくない状況にある。このことから、耐震性が不十分な建築物をできる限り早期に減少させていくことで負の外部性を解消していくことが求められている。