制度改革が社会に与える影響について

法改正後の施行状況については、沖縄の新聞社や日経BPにおいてたびたび取り上げられていた。しかし、施行から約2ヶ月たった8月中旬ごろから、全国紙でも取り上げられるようになったのでこの場で記事を紹介しておきたい。ただ、これは制度改革に伴う副次的・短期的な効果に関する議論であって、本来の政策目的である「建築物の安全性の確保」が今後、どの程度達成されるのかについては、より中長期的な観察が必要となる(今回の副次的効果が増大していく可能性もゼロではない)。

今回の法令改正は、直接的な行為規制や情報公開、罰則の強化、技術基準の明確化・詳細化など、様々な観点からの対策が組み込まれているが、最もダイレクトに建築のマーケットに影響を与えるのは以下の2つの政策変更である。

・構造計算適合性判定という制度が新設された
構造計算書の偽装という類似の事案が将来発生することを確実に防ぐため、建築確認と平行して、構造計算だけを専門的に審査する仕組みが導入された。これに伴い、法定の審査期間が現行の21日から最大70日まで延長された。また、自治体や民間の審査機関の中には、判定手数料分を上乗せする形で審査料を引き上げているところが多い。これはクライアントである建築主の行動に最も影響する。

・確認申請後の書類の訂正・差替えがほとんどできなくなった

従来は、申請後も設計者と審査者の間のやりとりの中で、多少の設計ミスがあった場合でも図面の訂正や差替えで対応するという慣行が運用上認められてきたが、計算書と図面の不一致による不適切な設計事例が多数見られたことから、軽微な不備の場合を除いて原則禁止された。したがって、ミスが見つかると申請は一からやり直しになる。これは設計実務を担当する設計事務所の行動に最も影響する。

以下に紹介する記事も、上記の2つの政策が導入された直後に国内で発生した現象の一端を捉えている。個人的には短期的に収束する現象であると考えているが、大規模な制度変更を短期間で導入することの是非を判断する上で重要な経験である。

構造計算書の「二重チェック」で建築確認申請が激減
(2007年8月28日14時47分 読売新聞)

 耐震強度偽装事件の反省から導入された構造計算書の「二重チェック」がスタートして2か月余。ところが、対象となる建築確認の申請そのものが激減し、中には7月末までゼロの自治体もある。

 審査の厳格化で、計算にミスがあると再申請が必要となり、建築主らが申請に慎重になっているためとみられる。検査機関の収入も大幅に予想を下回るなど、各方面に影響が広がっている。

 二重チェックは、6月20日の改正建築基準法の施行に伴い導入された。高さ20メートル超の鉄筋コンクリート造などが対象で、自治体や民間の検査機関が建築確認を行う際、1級建築士らから選んだ判定員が構造計算書を再計算して偽装の有無を確認するものだ。

 民間の確認検査機関大手の日本ERI(東京都港区)では改正法施行後、チェックの対象となる該当物件の確認申請はわずか20件(今月1日現在)。施行前は、毎月1000件前後だったため、一気に50分の1ほどに減ったことになる。このため同社は7月末、7〜8月の手数料収入などの予想を約4億5000万円下方修正した。同社は「建築需要は減少していない。そろそろ売り上げも回復できると思うが、新制度の影響は予想以上だ」(広報担当者)と驚きを隠さない。

 建築確認窓口の自治体も事情は同じで、神奈川、埼玉県では対象物件の申請件数は、いずれも7月末までゼロとなっている。

 一方、構造計算書の再計算を行う判定機関の一つ、財団法人日本建築センター(千代田区)。常勤14人、非常勤240人の判定員を抱える同センターでは、毎月500件程度(全国の約1割)の判定を見込んでいたが、受け付けは今月10日現在、新潟4件、栃木2件、東京、埼玉、岩手各1件の計9件だけ。同センター構造判定部では「出足の鈍さに戸惑っている」と打ち明ける。

 構造計算を行う建築士が加盟する社団法人日本建築構造技術者協会(同)などでは、「設計図面や計算にミスが見つかれば、手数料をまた払って申請し直す必要があり、チェックの厳しさを見極めている状態ではないか」と分析する。

 「建築主が早期着工や完成を求めても、制度が定着してスムーズに動くまでに1、2年は必要だろう。安全・安心を実現するには時間もコストもかかる」。都内のベテラン建築士はそう指摘する。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070828i306.htm

7月の住宅着工戸数23%減・建築確認強化が影響
(2007年8月31日23:17 日経新聞

 耐震偽装の再発を防ぐため建築確認を厳しくした改正建築基準法が6月20日に施行され、住宅着工の遅れや着工件数の急減といった予想外の影響が出ている。国土交通省が31日発表した7月の新設住宅着工戸数は8万1714戸と前年同月に比べ23.4%減り、減少率は1997年11月以来、約10年ぶりの大きさになった。現場では「改正後の審査基準がよくわからない」との戸惑いがあり、申請を手控えたり、審査期間が長期化したりしている。

 7月の着工件数は年率換算(季節調整済み)では94万7000戸で、40年ぶりの低さ。持ち家、貸家、分譲とも20%超の減少で、工場や店舗など非居住建築物の着工床面積も21.3%のマイナスとなった。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070831AT1C3100H31082007.html

(参考)7月の着工統計
http://www.mlit.go.jp/toukeijouhou/chojou/gaiyou/ex/kencha1907.pdf

また、ちょっと古い日経BPの特集記事だが、批判的な意見についても取り上げておく。問題点の指摘については具体的かつ詳細だが、やはり、政策提言までは結びついていない。この一連の社会問題に対してトータルな処方箋を描いてみた人間はいったい何人いるのだろうか。

緊急提言! 現場知らずの「耐震偽装対策」が招く危機
制度の煩雑化が招く大混乱、品質低下、価格上昇につながる恐れ
2007年8月7日 火曜日 山岡 淳一郎
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070806/131754/?P=1

 今回は、住宅政策上のとんでもない制度変更について書く。一般メディアは、まだ、まったく触れていないが、下手をすると経済に大打撃を与えかねない状況なのだ。

 国交省住宅局建築指導課の独善的な「思いこみ」が、建築設計の現場を大混乱に陥れている。国は耐震偽装への対応策として建築基準法を改正し、建築確認の厳格化を打ち出した。偽装も見抜けない確認審査ではダメだ。徹底的にチェックしろ、と号令一下、通達(「建築確認の指針」)で縛りをかけた。が、これが現実と乖離した机上論だった。

 「6月20日、新制度の施行日になっても確認申請に必要な行政側の書類が整っておらず、最大手の確認検査機関の確認業務が3週間もストップしてしまった。住宅局建築指導課が確認の厳格化という「錦の御旗」を掲げ、やみくもに突っ込んでいったのはいいが、味方は誰もついてこられない。そんなバカ殿のコントのような話が、本当に繰り広げられたのである。

 「行政側の書類が整っておらず」とは、具体的にどういうことか。


「書類に書く内容が定まらず、着工できない!」

 「つまり、提出せねばならない書類が山のように増えたのに、そこに何を記載すればいいのかが、はっきりしていないんです。指針を作った本人も、分からないのでしょう。指針どおりやろうとしたら、作業は無限大に広がる。おまけに手数料は増える。書類の差し替えや変更もままならない。そのつど、確認を申請し直せ、ですよ。確認を出せなくて、着工できない物件がゴロゴロありますよ」

 と、建築設計事務所の構造建築士は言う。しばらくして7月の着工統計が発表されたら、あまりの落ち込みぶりに世間は騒然となるだろう。国民経済への影響が懸念される。

 確認を厳しくして、劣悪なデベロッパーや建設会社、設計事務所が淘汰されるのであれば消費者は歓迎しようが、どうもそうではない。厳格化が煩雑化にすり替えられ、天下りの集金システムが築かれつつある。設計会社の多くは面倒な手続きと設計行為の調整に戸惑い、確認申請を出すに出せない。窓口となる自治体の建築指導課は閑古鳥が鳴く。

 このツケは、建築費の上昇、販売価格の値上げで一般の消費者に回されようとしている。
 
 しかも、法改正の最大の眼目である「建物の安全性」が高まるのかというと、疑問符だらけなのだ。耐震偽装を防ぐつもりが、逆に総体的な安全性に赤信号。角を矯めて牛を殺しかねない状況なのである。

 日経アーキテクチュアが設計実務者を対象に行ったアンケート調査によれば、回答者数1058人のうち法改正で「建物の質が向上する」と答えた人はわずか11%。「変わらない」が51%。「低下する」がなんと24%。以下「わからない」12%、無回答2%となっている。低下する理由として「簡単なプランにしないと確認が下りない。その結果、つまらない建物が増える」「(確認に関する)作業が増えた分は、下請けに押し付けられるだけ」とシビアな意見が返ってきている(詳しくは同誌7月9日号)。

 中越沖地震でも明らかになったように、既存の古い木造の中には脆い建物が少なくない。新耐震基準が導入された1981年以前に建てられたマンションの中にも著しく耐震性に欠けるものがある。建築確認手続きの煩雑化、手数料のアップは、そうした既存建物の確認が必要な耐震改修にブレーキをかけると予想される。危険な住宅は、とり残されていく…。


いったいこの制度の狙いは何なのか

 なぜ、こんな制度を国交省の官僚たちはこしらえたのか?

 そもそも建築確認は、建築基準法に基づき、建築主(実際は代理の設計事務所や建設会社)が申請した建物の「建築計画」が法令に適合しているかどうかを「着工前」に審査する行政行為だ。確認が下りなければ工事にとりかかれない。「建築計画」と「着工前」が、この仕組みのポイントとなる。 

 マンション建設では、建築主であるデベロッパーが土地を手に入れて計画が練られる。基本プランに沿って下請けの設計事務所が基本設計を行って確認申請を出すのが慣例化している。基本設計の内容が審査されている間に、設計事務所は、実際の工事に対応する実施設計を詰める。そして基本設計への確認が下りるのを待って、着工されてきた。

 確認の対象は建築計画(基本設計)であり、実施設計とは必ずしも一致しない。工事が始まれば、設計図と施工状況に差異が生じ、施工図も描かれる。法律は確認が下りた基本設計どおりに建物を造れとは規定していない。建設現場は状況によって変化する。それを認めなければ、施主の好みで建てながら設計を変更する「注文住宅」や、マンション購入者の希望で間取りを変える「フリープラン」は成り立たなくなる。

 従来は、こうした着工後の設計変更については、「軽微な変更」なら確認書類の差し替えで了承されることから、「軽微な変更」を拡大解釈し、3LDKを2LDKに変えるような「プランの変更」なども書類の差し替えで認められてきた。基本設計と実施設計のズレ、現場での設計変更などは、事実上、黙認されてきた。その代わり、行政側は工事の中間検査、完了検査を行う。ここで諸々の差異が妥当かどうかチェックするというわけだ。合格した建物に完了検査済証が発行され、入居可能となる。

 ただし、中間検査や完了検査を行う担当者が、実施設計図面でチェックしているかどうかは不明。確認対象の基本設計書類を手に現場に来る人が大半だ。たとえ詳しい施工図を見ながら検査するとしても、コンクリートが打たれた現場でいちいち、壁の向こうに鉄筋が何本入っているか肉眼では見抜けはしない。確認制度は、基本的に“ザル”である。

 あるいは、確認が下りるまで着工は認めないと言いながら、基礎工事の前段階の「根伐り(穴掘り)」は堂々と行われている。確認制度は矛盾だらけで、建物の安全性は、建設する側のガバナンスに委ねられているのが実情だ。

 そのような状況下、今回の改正で確認の対象となる建築計画を徹底的に実施設計に近づけ、厳密化させる指針が示された。一見、出発点を明確にしたようだが、実務の限界を超えた対応を求めている。例えば内装のクロスについても、製品の品番とともにメーカーの認定証をつけろ、との指示。全建材にこの方針が貫かれようとしている。構造上の安全性とはほとんど無関係なことにまで偏執的に厳密さを要求しているのだ。

 そのうえ設計の変更についても、よほど軽微な変更以外は、工事を止めて確認を取り直せ、と通達している。これは、費用と工期に重大な影響を及ぼす。

 マンションの大きさにもよるが、延べ床面積が1万平方メートルを超える大規模マンションなら、1回の計画変更で確認申請をし直すために数百万円の手数料がかかると見込まれている。これまで書類差し替えで、タダで済んでいたのに数百万円。この負担が図面や書類を作る設計事務所に押しつけられる公算が大なのだ。

 「もう、設計事務所を畳もうかと思っています。今回の改正で、確認書類を作る建築士と、それを審査する建築主事の責任が明確化され、罰則も設けられました。ところが、マンションの供給主体であるデベロッパーの責任はまったく問おうとしていません。バカバカしくて、なぜわれわれだけが全部背負わねばならないのか……」と個人設計事務所建築士

 国交省の狙いは、弱小潰しか。資金的にも新制度に耐えられるところだけが生き残ればいいとの腹だろう。しかし、それでは自立的に建築を志す人材が育たない。安い報酬で、激務を強いられ、責任ばかり押しつけられたらどうなるか。産科医師が、激減している状況を見ればいい。建築界も、創造現場の芯が、空洞化する恐れがある。

 建築士に設計を発注するデベロッパー側からも「下請けを叩けば済む話ではない」との声が聞こえてくる。準大手デベロッパーの建築部長は、マンション建設のコスト増を次のように見ている。

「10階建て50戸程度のマンションで、これまで25〜30万円程度で収まった確認申請料が、約2倍になります。さらに適合性判定の手数料が30万円くらい。手数料だけで100万円くらいになるでしょう。これを一方的に建築士に負担させたら、建築士が消えますよ。やはり設計料は、2割〜5割増しになるでしょう。いままで建築士は安くこき使われていましたからね。とくに構造建築士は、上げなきゃ請けてもらえなくなる。ゼネコンも基準が厳しくなって躯体工事費が2割程度上がると言っています。着工後の計画変更はしたくない。フリープランのご提供は難しくなるでしょう」

 では、新たに設けられた膨大な手数料は、どう使われるのだろうか。現在、年間、数千棟のマンションが新築されている。それらが「金のなる木」に変わるのだ。

 新制度で、高さ20メートル超のマンションや、木造の3階建て以上の住宅は、耐震偽装を防ぐ大義名分で構造計算が適切かどうか「構造計算適合性判定」を受けなければならなくなった。判定は、知事の「指定構造計算適合性判定機関」で「専門家による審査(ピアチェック)」によって行われる。その費用は棟ごとにかかる。

 新たに仕事が始まるのだから費用が発生するのは当然だとしても、建設業界内では手数料のうち数十億円が適合性判定の総元締め財団法人日本建築センターに流れるのではないかと言われている。同センターの現役理事長以下、理事や評議員には国交省(旧建設省)出身者がずらりと並んでいる。


この施策は現場圧迫の「突貫工事」を誘発しかねない

 さらに確認審査に要する期間がべらぼうに延長されたことも安全面の憂慮につながる。従来、確認申請が出されてから2〜3週間で確認済証は下ろされていた。手続きの煩雑化に伴い、この審査期間が35〜70日、さらに適合性判定に35日程度かかるようになり、最短で2か月以上を要する。計画変更があれば、工事を止めて35日以上の追加……。

 デベロッパーは金融機関から融資を受けて土地を仕入れたら1日も早く確認を取って「販売開始」に踏み切りたい。何カ月も土地を寝かせていたら金利ばかり背負う。着工前の審査期間の長期化は、必然的に「工期短縮」の圧力を生むだろう。デベロッパーは、販売開始と同時に入居時期を顧客に約束する。これは絶対条件となる。もしも、予期せぬ出来事で計画変更、35日以上の工事中断となれば、再開後は突貫工事に次ぐ突貫工事。雨が降ろうが、槍が降ろうが、コンクリートを打ちまくる。現場でどんな施工が行われるか……想像するだけで空恐ろしくなる。

 私は拙著『マンション崩壊』で都市再生機構が引き起こした多摩ニュータウンの大規模欠陥事件を追った。その背景には常軌を逸した工期短縮の圧力があった。あの惨劇がくり返されないことを祈るばかりだ。建築基準法第1条は、こう記している。

「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」

 建築確認は、この目的を果たすための制度なのである。

 国民にとって最悪のシナリオは、指針で煩雑化させた運用に不動産・建設業界がついてこられず、いつの間にか制度は骨抜きにされ、手数料ばかりが徴収される仕組みが残るパターンだ。そもそも建物の用途に関する「集団規定」と構造に係わる「単体規定」を一緒くたにして審査する確認制度が、必要なのだろうか。

 矛盾だらけの確認制度は、出発点に強い縛りをかけるだけではとうてい変革できない。建築主の責任を明確にしたうえで、建物の安全性を含む機能・性能を見極めるポイントを絞り込む方向への転換が求められる。

 今後、確認制度が、どう運用されていくか。大勢の方に注視してほしい。