小休止。

来週の火曜日に、ようやくこの半年かけて行ってきた仕事に一段落が尽くめどが立った。あとは自分たちの提案が世の中でどういう風に受け止められるのかをじっくり検証した上で、本当にシステムを稼動させるために必要な実務上の課題を一つ一つクリアしていく地道な作業が待っている。


この1年半でやってきた仕事は大きく分けて2つだった。



一つ目は建築防災政策の立案である。特に地震時における古い建物の倒壊を未然に防ぐためにどうしたらいいのかということを考えてきた。

地震工学上の技術的結論としては、建替えを選択しないのであれば、建築物の構造的な強度を向上させるのが解決方法である。そのための補強工事の方法の研究がかなり進んできた。しかし問題は、建物の所有者はそういう工事を行う気があるのかどうかという点である。防災政策の難問は、技術的な解決方法はあっても、それを実施するための意思決定をどうやって導くのかという点にある。そこが政策立案上の課題であった。

政府が出した一つの解答は、政府が必要だと考える水準に適合させる工事に必要な経済的負担を財政出動によって軽減することで、意思決定を誘導していこうというものだった。

俺が仕事を始める前にはすでに補助制度と法的な支援制度が出来上がっていたが、そこにさらに税制上の支援スキームと、拡充された法制度を追加的に用意した。

しかし、先日の経済学研修で議論したように、最適な防災政策を構築する上では、この「政府が必要だと考える水準」というのが、実は政策の実効性を阻害する要因となっているのではないかということに俺は気づき始めた。政府の認識と、リスクを負っている人の認識の間にギャップが生じている。そのギャップを放置したままではいくら政策を打っても何の効き目もない。

自分の命を守るために必要な投資額は、自分で選択する。その選択のために必要な情報提供や環境整備をしていくのが政府に真に求められる役割なのではないか。

もちろん、政府が推奨する安全レベルを目指す人たちに対して経済的な支援をするシステムが用意されていることは決して悪いことではない。しかし、世の中にはそこまでのレベルに見合うだけの資力はないが、とりあえず人命の被害を出さない程度のレベルまでなら補強工事をする余裕はあると考えている人たちだって存在する。

そういう意志を持っているにも関わらず、補助制度や税制の適用要件に合致しないからと言って切り捨てられてしまうと、その意志が結局無駄になってしまう(この構図は、選挙における「死票」とよく似ている)。その結果、古くて構造強度に問題のある建物は、何の手も加えられないまま地震のリスクを溜め込んでいく。

これこそ最も望ましくない結果ではないのか。

むしろ、少しでもリスクを減らしたいと考えている人たちがいるのであれば、その意志に対して有効なアプローチをかけたほうが、実は政府の負担も少なく、簡単に防災性を向上させていくことができるのではないか。http://d.hatena.ne.jp/HE-BOY/20061007#p5で提案した交渉手続法案は、幼稚ではあるが、この問題意識に対する一つの俺なりの答えだ。


一つ目の仕事をやってみて発見した最も重要な教訓は、だいたい以上の通りである。



二つ目に関わった仕事は、今はもう忘却の彼方に追いやられているが、昨年末に社会を騒然とさせた事件の再発防止策の検討だった。検討開始当時は五里霧中で始めたこの仕事も、現在では大きく3つのパートに分けた解決策の提案という形に収束してきた。


第一のパートは、設計をチェックする側の監視機能を向上させるためのシステム作りだった。簡単に言えばダブルチェックシステムの導入である。おそらくこんなシステムを内包した法律など、日本のどこを探しても見当たらないだろう。二重チェックを正面から法律で認めるなど、普通に考えれば二度手間でしかなく、まずありえない制度である。しかし、事情が事情なだけに、どうしても中規模・大規模建築物の構造計算に関する部分だけは特に重点的に審査を行う必要があるという結論に至った。このシステムはすでに国会の了解を取り付け、来年の6月ごろからスタートすることになっている。
【参考:http://d.hatena.ne.jp/HE-BOY/20060614#p2


第二のパートは、設計を行う側の自律機能を向上させるための制度を提案した。この提案はもうすぐ政府の意思決定として国会における議論の場に提出されることになっているので、詳細はそこに譲ることとするが、いずれにしても、本来的な責任者の側できちんと安全性を確保させるための自浄作用を持たせることが主眼である。ものを作る側にプロフェッショナルの意識をきちんと持ってもらいたいという思いが背後にある。


第三のパートは、まだ構想段階でしかないが、建物を売る業者自身の自律機能を向上させるための制度提案である。現時点では、保険を利用した瑕疵担保責任の履行確保システムが議論の遡上に登っている。しかし、これは非常に多くの問題を孕んだ政策課題であり、今後どのような議論の経過を辿るかは予想が付かないし、このパートについては俺自身が直接関わっていないので詳しいことはよく分からない。ただ、少なくとも世の中の人びとの意思決定に大きく作用する可能性があることは間違いないだろう。それだけに、慎重な制度設計が求められる。


結局、建築の生産過程に関与する登場人物の役割と責任を順次明確にしていく、というのが一連の改革のベースにある基本的な思想だ(と俺は思っている)。


とりあえず、今の部署で過ごす残りの期間は、第一のパートと第二のパートで提案したシステムを実地に落とし込むための作業に費やすことになるだろう。現実にシステムを稼動させるとなると、それはそれでいろいろ問題が出てくる。予想外の問題だってきっと発生する。しかしそこを、当初の制度設計の意図との乖離を極小化しながら解決していこうという態度が必要だ。実務家としての能力をここで磨いていきたい。