住宅政策1年記


明け方にこんな文章書こうと思い立った発端は↓のサイトを見つけたから。

http://www.copipe.net/

おもろい。

この中の「姉歯事件雑感」にある「国がすすめてきた持ち家取得促進制度に問題がある」という指摘は特に興味深い。

http://www.copipe.net/archives/2005/11/27_0025.php

詳しい記述はないが、たぶんここで意味していることを俺なりに解釈すると、、

「住宅みたいな一生で一度の高い買い物をしろしろと国は言い続けてきたくせに、いざそれに欠陥が生じたときのリスクを補填するためのシステムが用意されていなかったからこそ今回の問題がここまで拡大した」

ということだろう。

要は国の住宅リスク対策は甘いという批判である。



確かに俺もそれは思う。

これまでの国の住宅政策の根幹は、持ち家取得促進にある。日本最大の減税システムである住宅ローン減税はその最たる例である。

※持ち家:自分の財布を痛めて所有権を取得した家のこと。金は払うけど所有権は取得しない「賃貸住宅」の反意語。

※住宅ローン減税:ローンを組んで一定の良質な住宅を取得した場合には、最大10年間、利子の1%を所得税額から控除するシステム。年収800万円程度までのサラリーマンの夫婦世帯であれば、ほとんどの場合、所得税を一切支払わなくて済むくらい減税効果はデカい。なお、数年後にこの制度はなくなる可能性がある。また、三位一体改革に伴う国から地方への税源移譲によりその効果が今後減殺されることも明らかになっている。

また、住宅金融公庫や住宅公団(現・都市再生機構)がとってきた政策も一貫して持ち家の取得に主眼を置いてきた。

こうした政策が是認された背景には、戦後の圧倒的な住宅不足があるが、すでに住宅ストック数が世帯数を上回るようになった現在及び世帯数が減少に転じるであろう近い将来においてもその旧態依然とした考え方が通用するとはいい難い。量的整備よりも質的整備だといって耐震化やバリアフリー化、省エネ化等の建築物の品質向上がとやかく騒がれるのは、そういった事情がある。

一方、国が今まで力を入れてきた住宅に係るセーフティネットシステムというと、公営住宅制度が代表的である。しかし、これも建前としては「住宅に困窮する低額所得者」に対して憲法25条が規定する「健康で文化的な最低限度の生活を保障」するための制度であり、国や自治体が一体となって直接低廉な住宅を供給するシステムであってあくまで住宅の取得に係るセーフティネット政策に過ぎない。


翻ってみると、一旦取得された住宅に何らかの問題が生じたときの解決システムは、万全だとはいい難い。「欠陥住宅」問題がいつもワイドショーで取り上げられて茶の間のおばちゃんたちを憤慨させている遠い原因はここにある。

確かに、国がそういう問題意識を持っていないわけではなく、遅まきながら平成11年に住宅品質確保法という法律を用意させて頂いた。これは民法上の瑕疵担保責任の特例規定を設けるなど、法制度的には画期的である(今回の事件でH社の瑕疵担保責任が10年云々と言われているのはこの法律によるもの。)が、強制力に乏しい点と、圧倒的な知名度の低さがこの法律の弱点である。(対する建築基準法は誰でも一度は耳にしたことがあろう。)

この住宅品質確保法が提示するリスク補填のシステムとは、何か問題があったときに売主が責任を負い続けるべき期間を10年としたこと(民法の特例)、住宅を巡る紛争が生じたときにADR(裁判外紛争処理制度)的なシステムを活用できるよう、住宅性能表示制度とリンクした指定住宅紛争処理機関制度を位置づけたこと(具体的な指定先は日弁連)などが挙げられるが、いずれも当事者の自主的な行動に委ねられており、性善説的な考えに基づいていることが制度的な弱さを生んでいると俺は思う。


さて、こうして国が用意している制度がどれだけ具体の事案に対応できているかを改めて考えてみると、冒頭に紹介したこぴぺ氏の指摘はかなり鋭いように思われる。しかし、国がなかなか思い切ってこの領域に手を出せないのには理由があるように思われる。

つまり、住宅というのは究極的には個人財産であって、国や自治体が口を挟むようなものではないのだ。住宅取得者に対する国の最大の住宅政策の手段が、積極的な補助制度ではなく、税制や公庫を通じた政策金融という間接的な支援方法であったことを見れば明らかである。住宅という政策領域は、行政による介入について非常にセンシティブな分野なのである。

例えば今回の事案についても、国は、住宅取得者、住宅販売業者の間の「民民の問題である」(その前提に立った上で、行政的な判断として一時的なリスク回避のために公的支援策を講ずる)という基本的なスタンスを変えていないことに見られるように、基本的には住宅に係る問題は購入者と宅建業者の契約に基づいて解決されるべき私的自治の世界なのであって、公的な介入はできる限り避けるべき政策領域として捉えられている。

ここに住宅政策の難しさがある。(そもそも、俺自身配属先が決まったときに「住宅?そんなの国がやるの?」と思ったくらいである。)

そこで、仮に住宅に係るリスクが発生した場合に、どういう政策手段がありうるかを考えた場合、すでに新聞報道でも取り沙汰されているが、保険市場の整備ということが考えられる。要は売主や検査機関に高額の保険加入を義務付け、販売・検査した建築物に何らかの問題が生じたときには保険で賄おうという発想だ。これであれば、国が直接介入する必要はないし、住宅を買う側も売る側もリスクの分散ができて安心だ。

と思うが、ここには2つの問題がある。

第一には、住宅に係るリスクは、今回の事案で明らかになったように、金額にすると極めて大きいため、保険会社として引き受けづらい。タワーマンションで仮に構造計算の瑕疵があって耐震性が不足していることが判明した場合、とても保険会社1社で賄いきれるような保険金額ではなない。

もう一つは、保険金支払いはもちろん故意・重過失の場合は免責されるが、それでも売主や検査機関の責任をが一定程度軽減されることになり、そこからモラルハザードが生じかねない。保険会社に責任をなすりつけることができるので、悪徳住宅関連業者が多くなってしまう。

はっきり言ってどちらも深刻な問題である。制度の担い手がいなければ話にならないし、かといって実施に移すと政策の本旨と真逆の効果が生じかねないというジレンマがある。

少なくとも前者の問題を解消するものとして、政府による再保証という方法がある。これは高額の保険債務を負う保険会社をさらに政府運営の保険でカバーしてあげるという考え方であるが、こうなってくると住宅リスクを何でも国の財政で補填してやるのか、何で悪徳業者の悪さの後始末を国民全体で負担しなきゃならんのだ、という批判につながりかねない。

今のところ、いい案は浮かんでこない。どうしたものか。

リスクの問題はこのように相当複雑なのである。


そこで、そもそもリスク自体が生じないようにし、またそのようなリスクを意図的に生じさせようとする者に対して強力な威嚇を与えようとするための事前予防政策が、大前提として必要ではないか。この3ヶ月、俺が死にそうになりながら作成に関わってきた法案はまさにその事前予防政策である、と俺は自分の頭の中で整理している。

まだ閣議決定に至っていないので法案内容についての不用意なコメントは担当者として控えるが、建築物というすべての人びとを包む基本的な社会インフラに対して誰もが安心感を抱いてもらえる世界に変わっていくことを切に願う。