喰らいついてみる。

2人の係長を相手に、小一時間議論をしてみた。題目は
「施行期日政令を施行令と別個にわざわざ定める合理的な理由は何か?」



法律の中には、法律の施行日をその法律自体に規定するのではなく、政令に委任するというパターンがある。法律はそれだけでなく、普通の条文のところでも(例えば「A、Bその他政令で定めるところにより」のように)政令に委任している条項がある。



そのようなとき、施行期日を定める政令(施行期日政令)と、法律の中身を具体化する政令(施行令)の2つを別個に作るのが通例の作法であるらしい。こんな感じで↓

○○法の施行期日を定める政令
第1条 ○○法は平成○○年7月1日より施行される。

○○法に関する施行令
第1条 同法○○条の「その他政令で定めるところの金融機関」とは、……をいう。
第2条 同法○○条の「政令で定めるところの定員数」とは、……とする。
附則
第1条 この施行令は平成○○年8月1日より施行される。

一つの法律のために、複数の政令が作られるのである。施行期日政令の作成それ自体は一瞬で終わるからいいとしても、別個であるがために、

別個に条文案を作って官房の法令審査担当課の審査を受ける必要がある、
別個に資料を用意して法制局の審査を受けなければならない(官房と法制局の審査が1回ですんなり終わることはなく、修正のたびに出向く回数多)、
別個に30部〜40部ずつ資料を用意して事務次官等会議や閣議にかけなければならない、
別個に200部ずつ資料を用意して記者発表に備えなければならない。
そして極めつけは、予算関連法案の政令の場合、施行令は財務省との共同請議になるため財務大臣のハンコが必要だが、施行期日政令は単独請議なので財務大臣のハンコはいらない、という区別がある。

もちろん持っていくときはセットで持っていくけどね。同じ法律についての政令なんやし。


でも俺は当然のごとく思った、何で別々にする必要があるのかと。なぜわざわざ事務手続きを増やすようなことをするのか、施行期日政令と施行令を別個にしてることで何かいいことがあるのかと。こういう風↓にしたら政令は1本で済むのではないか?と。

○○法に関する施行令
第1条 ○○法は平成○○年7月1日より施行される。
第2条 同法○○条の「その他政令で定めるところの金融機関」とは、……をいう。
第3条 同法○○条の「政令で定めるところの定員数」とは、……とする。
附則
第1条 この施行令は第1条を除き平成○○年8月1日より施行される。

俺の素朴な疑問から始まったこの議論は意外な深みを見せ、結局パレート最適解は得られぬまま3人に妙なモヤモヤ感が残った。両係長曰く
「そういえば何でなのか今まで理由考えたこともなかった…新鮮だ…」


冒頭の問いに対する、3人の間で共通した結論としては

「確かに、政令に委任された法律の施行期日を、施行令の本則で定めることは法技術的には可能である」(→(A)or(B)に続く)


この先で見解が分かれる。

(A)
両係長「しかし、発効と同時に『溶け込む』と解釈されている施行期日規定を、法律の中身を具体化した政令条項のような性質の異なる規定と一緒に並べるのは気持ちが悪い。法体系というのは見た目の美しさも要求される。したがって施行期日政令と施行令を分けておく意味はある。」

(B)
おれ「そうであるなら、政令発効までに至る膨大な事務手続きの煩雑化を解消したり、法体系に詳しくない人でも分かるよう配慮して、政令を一本化する方がはるかに効率的だしシンプルだ。したがって施行期日政令と施行令を分けておく意味はない。」

ここまで来ればもはや価値観の違いとしか言いようがない。なお、片方の係長は実際自分が施行期日政令と施行令を別個に作ったが、「ぶっちゃけめんどくさかった」と漏らしていた。正直な感想だろう…。



しかし事実として、施行期日政令と施行令を分けて制定する慣習は連綿と続いてきており、事例も無数にある。そしてそういうもんだと思って法令実務をこなしている一般のひとも多い。そこには先例が生じたときに何かしら合理的な理由があったのかもしれない。しかし、非効率に見えることもある。そして、行政内部の事務手続きの非効率性改善のためには、その案件がちょっとしたことであっても、変革させるために必要なエネルギーは膨大である。俺にそのエネルギーがあるのだろうか。変革させたとしてその先になんかいいことがあるのだろうか。



そんなことを考えさせられる1件だったし、議論としては3人とも「すげーおもろい」と感じた。まぁちっちぇー話ですが。。

この問題を考える上では、本則/附則の違いは何か、法律の施行期日を定める条文が法律の施行日到来とともに消滅するのか法に溶け込むのかといったマニアックな論点も解消した上でなければ答えが出せないが、まぁ俺に言わせればそんなことはどうでもいい。

実際に法律を制定し、政省令を実現させるまでの過程にちょびっとでも触れた新人なら絶対抱いてしかるべき疑問だと思います。ほんと生意気な1年生ですみません。でも、クソ忙しいにも関わらず、まともに議論にとりあって真剣に悩んで下さった両係長の心の広さと優しさに感謝致します。ありがとうございました。