前例主義、形式主義

行政の抱える課題として、政策立案上の理念的な問題群は先日から書いているアカウンタビリティだのユーティリティだの公平性だの何だのいろいろある。それに加えて、政策立案をする上で、担当者の留意点みたいな問題群もある。それの代表格が前例主義と形式主義ではないだろうか。以下、具体例を挙げて説明するが、結論としては前例主義も形式主義も、悪いとも良いとも言えない考え方だということだ。


前例主義ってのは読んで字のごとく、前にやったのもをなるべく踏襲するのがベターですという考え方。よく仕事で「この資料リバイスしといて」なんて言われるのはその一つの例だし(リバイス=更新すること。要は資料に引用されてるデータを最新のものに変える作業)、過去から連綿と続いてきた時限措置をそのまま継続要望していくなんてのも例だろう。あるいは法令を作るときによく耳にする「並び」も前例主義のカテゴリーに入る。「並び」というのはつまり、これから作る法律が他の法律よりも内容面で突出してたりしないか(要件を緩和しすぎてないか、とか)ということ。既存の法制度の枠を超えるような新法を作るなら、それ相応の理由説明が求められることになる。


形式主義ってのもそのままで、何かをなすには一定のスタイルに沿って行いましょうという考え方。行政文書の書式なんかにこだわることが例だろう。例えば閣議請議書なんてものがある。これは「この案件を閣議にかけてください」という文書のことで、非常に重要な文書であるが、書式は厳格に決められている。表紙には青い枠があって、その中にタイトルや責任者名、案件の概要を書くのだが、文字と青枠の間は(確か)1センチでなければならない、とかそんな決まりがある。そういうのを審査するとある部署に持っていくと、担当者の中にはいきなり定規を持ち出してきて表紙に定規を当て、「これ間隔空き過ぎです。やり直し!」なんて言いだすひともいる。請議書のことを語るときりがないので、他の例に移ると、法律文の書き方にも事細かなルールがある。たとえば、法令の後ろにつく附則の、「附則」というタイトルは、行頭から3文字下げでなければならない、とか。うっかり4文字下げにしてその審査の部署に持っていこうものなら真っ先に怒られてしまう。うへー。他にも形式主義の具体例は山ほどあるが、また追々。


これだけを聞くと、前例主義やら形式主義ってのは弊害の元凶のように思えてくる。しかし、一定の枠にのっとって業務を行うという考え方自体は、法的安定性・公平性に資するという側面も持っていて、全面的に否定できるわけでもない。法律にのっとって業務を遂行するのが行政の原則である以上、枠を外れた行為やスタイルは思わぬところで誰かに不利益を与えることになるかもしれない。誰に対しても同じ結果をもたらせるように、スタイルを統一しておく必要性というのもまた、あるわけである。

結局は前例主義や形式主義の中身が問われるわけだが、おそらくそれも永遠に模範解答の見つからない難題なんだろう。

と、ここまでいくつかの問題群をまるで行政固有の問題であるかのように書いてきたが、別に行政に限られた問題でもないような気もする。ただ行政の分野でより重大な問題として考えねばならないということだろう。