ごぶさた

一週間ほど某区の知的障害者授産施設で介護体験の研修を受けてきた。今までのどんな研修よりも自分の人生に役に立つ研修だったと思う。この経験のことを書くのは非常にセンシティブな問題を含むのできわどいが、書ける範囲で書いてみたい。

特別養護老人ホームなどと違って、この施設に通所されている方は、普通にコミュニケーションが取れる方が多いし、活発に体を動かすことにできる方ばかりなので、そういう面での介護の苦労というのはない。しかし逆に言えば、彼らは確かに知的成長の点で我々と違いはあるかもしれないが、それ以外は全く同じなのであり、そのような彼らとどう接するかというのは非常に難しい問題だった。

この介護研修を受けるにあたって俺が個人的に設定した目標は
①30名全員の名前と顔を覚える
②ひとりひとりの個性を一つでもいいから掴む
という至極単純なもの。

5日間の勤務を終えて、この2つはきちんと達成することができた。今日の勤務終了のときに一人ひとりと握手する機会があったのだが、全員に名前を呼びかけながらお別れの挨拶を言うことができたのは、この1週間の自分なりの小さな成果だったと思う。


なぜこのような目標立てをしたかというと、行政の問題を考えるとき、いつも「この政策はいったい『誰』のために打ち出そうとしているのか?」ということが俺の心に引っかかっていたからだ。

「国民」「住民」「被害者」「低所得者」「生活弱者」「女性」「高齢者」…

政策の対象を指し示す語は様々あっても、ちっともその先の個々人の顔が見えてこない。一体誰のために行政は仕事をやるのか。その政策が実施されることで喜びを感じる人の顔が本当に見えているのか。そういう疑問があった。

今回の研修ではまさに福祉政策の対象とされる人たちとじかに触れ合えるチャンスだったから、この疑問を解消したくて上記の目標立てをしたわけである。


知的障害者」と言った瞬間にレッテル貼りが行われ、「我々」との「違い」がイメージ化・肥大化され、極端な場合には差別にまで発展してしまい、社会から「分け隔てる」作用が営まれてきたのが偽らざる日本社会の現実だったと思います。そこへやっとノーマライゼーションの波が押し寄せて徐々に人びとの意識が変わり始めた。

しかしいまだに変わっていない部分も多い。ヨーロッパなどと比べて街中を自由に歩き回る障害者は少ないと思う。障害者の雇用がなかなか進んでいない。仮に雇用されてもすぐにやめさせられてしまうケースがあとを絶たない。こういった問題は、授産施設の係長の次の言葉に集約されていると思う。

「『効率性』『生産性』という我々の側に都合のいい壁が、彼らの行方を阻んでる」

いわゆる社会的弱者の問題は制度レベルから個々人の意識のレベルまで全てにわたって解決されなければ意味がない。だからこそ難しい。

そんな中で、この研修で出会った「政策の矢先にいる人たち」は、本当に魅力あふれるひとばかりだった。

室内での作業は全く手に付かないけれど、外に出てチラシを配るのはとても得意なAさん。
企業からの単調な受託作業はすぐに飽きてしまって放り出してしまうけれど、施設が自主生産として行っているお菓子作りになると、途端にやる気を出してとてもおいしいお菓子を作ってくれるBさん。
ユニホック(プラスチックの軽いスティックとボールで行うホッケー)で、異常なくらいの精度で強烈なシュートを決めてくる天才肌のCさん。
大好きなMr,Childrenの話となると、嬉しくてたまらないという感じでどんどんお話してくれるDさん。

…挙げだしたらキリがないが、やっと政策の先にいる個々人の顔が見えたような気がする。もちろん、政策は一部の個々人のためだけに予算をつけて行うわけにはいかないので、できるだけ広い範囲のひとの力になれるよう、対象をある程度一般化しなければならない。しかし、対象の一般化が先にあるのではなく、具体的な個々人のニーズが先にあって政策が形成されていくというプロセスを忘れてはいけないと思う。

そういう基本的な問題を改めて意識させてくれたのが今回の研修だった。そして、施設の皆さんとじかに触れ合え、コミュニケーションを活発にとり、一緒にスポーツで汗を流すことでこちらも非常に明るい気持ちに立ち返ることができた。完全に部外者のはずの俺たちを快く受け入れて下さって本当にありがとうございました。


今週の研修はきちんと定時に終わって解放されるので、水曜日は野郎どもをうちに集めてサッカーを見、木曜日はいとこのおかん(要するにおばさんだ)が東京に仕事で来ているというので3人で新宿のえらく高級な和食屋で飯を食い、今日は介護の同僚と一緒に駅前の小汚い飲み屋でビール片手に予想外にうまいつまみをつついてきたという感じで、おそらく今後の人生でもう二度と経験できないほどのゆったりしたアフター6を楽しめた。

おかげさんで(レビューが消化しきれないくらい)映画もいっぱい見れたし。

あー…時間よ止まれ。。。